アナザーストーリー「それぞれの幸せ」

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   後

某日某時刻某所沖
その日の海はどこまでも穏やかだった。
???「どうするこれ・・・?」
???「拾っちまったもんを捨てるのもなぁ・・」
???「一応持っていくか、売れるとは思えんが俺らの商売は験が大事だ。
これを捨てて、運まで落ちちまったら事だ」
???「お前妙なところにこだわるな・・・」



某日某時刻某所地下
そこで彼女は目を覚ましました。
しかし、視覚、聴覚、の二つがかろうじて使える状態にすぎませんでした。
体は指一本動かすことができませんでした。
女(あたしゃ・・・だれだい・・・?)
どうしても思い出せませんでした。しかしすぐにどうでもよくなりました。
彼女の耳に話し声が聞こえてきました。
???「ここはもうもたないな」
???「これはどうする?一応生きてるようだが」
???「一応鍵だけ開けて、放って置け。逃げ出そうが、あいつらに食われようが俺達の知ったことじゃない」
そして人の気配が消えました。
次の日、彼女の耳に入ったのは滴る水滴の音、それだけでした。
―これなら耳なんて無くてもいいじゃないか。
彼女は『聞く』のをやめました。
次の日、彼女の目に入るのは常に同じ光景、首も動かせないためそれが変わることはありませんでした。
―これなら目なんて無くてもいいじゃないか。
彼女は『見る』のをやめました。
次の日、彼女は自分が何もしていないことに気付きました。
―これなら生きて無くてもいいじゃないか。
彼女は『生きる』のをやめました。



運河を隔てて南北に分かれているエスタミル寮。
その南側の一室で、なにやらよからぬ事を話している二人組みがいました。
ジャミルくんとその相棒ダウドくんです。
ジャミルくん「だから〜奴隷商人の市場だぜ?ゼッテーなんかいいもん残ってるって!」
捲くし立てるジャミルくんに、弱気に、しかし冷静にダウドくんが反論します。
ダウドくん「で、でも夜逃げじゃなくて引き払っただけでしょ?めぼしいものが残ってるとは思えないけど・・・」
ジャミルくん「バッカ、そんな弱気でどーするよ?男には攻めなきゃいけないときってのがあるんだ。いまがその時だ!」
ダウドくん「ジャミルが守りに回ったことなんてないじゃん。いつもオイラが尻拭いしてるし」
しかしジャミルくんは華麗に聞き流します。
ジャミルくん「男が細かいことを言うな!さっさと準備しろ!
待っててくれよ、ファラ!きれいなアクセサリー持って帰ってくるからな!
それでそれを受け取ったファラは俺にこう言うんだ。
『ありがとうジャミル。やっぱりジャミルが一番素敵!』ってな!それで俺はこう言うんだ・・・」
ジャミルくんはすでに妄想の世界に旅立ってしまいました。
ダウドくん「決定事項なら相談する意味がないじゃん・・・」
と嘆息しつつ、
(それに奴隷市場にあるアクセサリーなんて手枷、足枷くらいしかないんじゃないかな?)と心の中で突っ込みました。
ダウドくん「ジャミル〜、」もう準備できてるよ。行くならさっさと行こう」
ジャミルくん「ファラの澄んだ瞳に思わず俺は・・・ん?ああ、行くか!」
ジャミルくんのおかげですっかり切り替えの早くなったダウドくんでした。



エスタミル寮地下下水道は南北に分かれたエスタミル寮をつなぐパイプラインです。
しかし、海上交通網が発達したため現在交通手段として利用しているのは余程の吝嗇家か筋金入りの貧乏人だけです。
そのため、後ろ暗い事のある人間や、はぐれモンスター達の温床となっています。
―その通路の一角、
バシャ!側溝に矢を受けたリザードマンが倒れこみました。
ダウドくん「ふぅ。・・ねぇジャミル。なんかおかしくない?
確実に普段の倍は『はぐれ』にあってるよ?引き返したほうがいいと思うんだけど」
ジャミルくん「わかってねーなお前は。いいか?
『はぐれ』どもがこれだけ沢山いるって事は、奴隷商人はそれにびびって夜逃げした、と推測できる。つまり現場にはお宝がたんまりって分けだ」
ダウドくん「でも情報屋は『引き払った』っていったんでしょ?」
ジャミルくん「情報を鵜呑みにしすぎるのは危険だぞ?ダウド」
(自分に都合のいい推測の方が遥かに危険だと思うけど)と思いましたが口にはしませんでした。
言っても聞かないからです。
ジャミルくん「お!目標発見!いくぞ!」
ダウドくん「あ、待ってよジャミル〜」
扉に向かって走り出すジャミルくんをダウドくんは慌てて追います。

――その時
・・・・・・・ドォォォォォン
という音と共に地面が少し揺れました。

ダウドくん「ジャ、ジャミルやっぱなんかヤバイよ、オイラすごいやな予感がする!」
ジャミルくん「ビビリは帰れ」
振り向きもせず告げました。にべもありません。
ダウドくんは泣く泣く付いていきました。



黴臭い室内には人の気配は感じられませんでした。それどころか小動物の姿もありません。
ダウドくん「ネズミもいないなんて・・やっぱり変だ・・」
ジャミルくん「お宝お宝♪」

・・・・・ドォォォォン

再び地面が揺れました。気のせいかさっきより音が近いような気がしました。
ダウドくん(さっさと探してトンずらしよう・・!)
ダウドくんはそう心に決めました。
ジャミルくん「しけたとこだな。なにもねぇぞ」
ダウドくん「だから最初に言ったじゃん・・うぁあ!」
ジャミルくん「どうした?宝か?」
ダウドくん「ひ、人がいるよ!」
ジャミルくん「人ぉぉ?」
そこには40歳くらいの女性がいました。
エスタミル風の服装をしていましたが、その顔が浅黒く日焼けしていることにダウドくんは違和感を覚えました。
ジャミルくん「死んでんのか?」
ダウドくん「いや微かだけど呼吸してるよ。連れて帰ろう」
ジャミルくん「やれやれ、お宝を見つけられない上にお荷物を背負い込むのかよ」
口ではそういいつつも反対はしないジャミルくんを見て、ダウドくんは微笑みました。

・・・ドォォォォォォン

激しい揺れと共に扉が吹っ飛びました。そして通路側からモンスターが押し寄せてきました。



ジャミルくん&ダウドくん「!」
入り口は完全にふさがっています。
ジャミルくん「くそ!ダウド強行突破するぞ!」
ダウドくん「そんな!この人はどうするの!?」
ジャミルくん「置いとくしかねぇだろ!」
ダウドくん「そ・・そんなのジャミルらしくないよ!」
ジャミルくん「さっきとは状況が違うだろうが!」
ダウドくん「こんな弱ってる人を見捨てて逃げて!それでファラに顔向けできるの!?」
ジャミルくん「ファラは関係ねぇだろうが!俺達だけでも逃げられるかどうかわかんねぇんだぞ!」
ダウドくん「関係あるよ!ジャミルは・・
ジャミルはカッコよくなくちゃ駄目なんだ! 絶対に見捨てたりしちゃだめなんだ!」
ジャミルくん「どーしろってんだ、くそ!」
激しく言い争う二人に一匹のモンスター、モーロックが槍を突き出してきました。
ジャミルくん「しまっ・・!!」

―カッ!

今まで人形のように動かなかった女が目を見開きました。
そしてダウドくんの腰から短剣を抜き放ち、モーロックの槍を弾き飛ばしました。
ダウドくん「おばちゃん気が付いたの!」
しかし、ダウドくんの声には反応せず、小さく呟きました。

おばちゃん「おれは・・・だれだ・・・?」

ダウドくん「え?」
その声にはじめて自分の周囲に人がいることに気付いたのか、おばちゃんはダウドくんを見上げてこう呟きました。

おばちゃん「おれは・・・だれなんだ・・?」

ダウドくん「いや・・オイラに聞かれても・・」
ジャミルくん「ダウド!何ボーっとしてやがる!前!」
スケルトンと切り結んでるジャミルくんが声を上げました。
ダウドくんが振り向くとそこには自分に向かって突進して来る一角蝶が目に入りました。
ダウドくん「うわ!」
おばちゃん「邪魔をするな!」
おばちゃんは高速で飛来する蝶を、それを上回る速度の斬撃で叩き落しました。
そのまま、回し蹴りのポーズを決めて叫びました。
おばちゃん「器用さがアップ!!」
ジャミルくん「やってる場合か!」
突っ込みつつジャミルくんが二人の所に戻ってきました。
ジャミルくん「だけど、あんたなかなかやるな。これなら強行突破できそうだ!」
おばちゃん「強行突破?そんな必要はない。みんなまとめて叩き潰してやる!」
そう言い放つとおばちゃんは短剣を片手に空中を舞うように飛び回りました。
中年太りしたおばちゃんが空中を跳ね回る光景は華麗というより、一種悪夢のようでした。
その夢に出てきそうな光景にモンスターも、ジャミルくんたちも金縛りにあったように動けませんでした。
そしておばちゃんが着地すると一斉にモンスターたちの体に裂傷が現れ、倒れて行きました。
モーロックも、ゾンビも、リザードマンも、・・・・ダウドくんも。
ジャミルくん「ダウドーーーーーーーーーーーーーー!!」
おばちゃん「愛がアップ!!」
ジャミルくん「だからやってる場合か!何でダウドまで斬ってんだよ!」
おばちゃん「すまん・・。うまく体が動かなくてな・・」
ダウドくん「いたいよ・・ジャミル・・しにたくないよ・・」
ジャミルくん「そんな傷で死ぬか!」
ダウドくんに『マジックヒール』をかけてやりながら突っ込みます。
ジャミルくん「さあさっさと帰る・・」

ドゴォォオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!

かつてない激しい揺れと共に、壁をぶち破ってそいつは現れました。
その巨体は空を突くほどといわれる、その豪腕は鉄をも砕くといわれる、
その咆哮は全てを凍りつかせるという、そしてその異形の単眼は見るものの生気を根こそぎ奪い去るという、
風の巨人サイクロプスが。



ダウドくん「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャミル!ど、ど、ど、ど、ど、d」
ジャミルくん「落ち着け!」
ジャミルくんは周囲を見渡しました。

(入り口はあのデカブツが作った瓦礫で埋まってやがる!手段は二つ!
1.あいつの攻撃をかわしながら、瓦礫をどける・・・だめだ!片付く前に30回は死ぬ!
2.隙を突いてあいつの後ろの穴に逃げ込む・・・確実に二人はやられる。
それにあの先が出口である保証もない!
くそ!それじゃあ・・)

おばちゃん「戦るしかないだろう・・!」
ジャミルくん「奴を倒す手段があるのか!?」
おばちゃん「ああ・・だが時間が必要だ・・。足止めができるか・・?」
ジャミルくん「やらねぇと、死ぬ。なら無理にでもやってやる!行くぞダウド!」
ダウドくん「う、うん!わかったよジャミル!」
ジャミルくんとダウドくんは二手に分かれてサイクロプスをけん制します。
ジャミルくん「けっ!うわさに聞くほどでかくねぇじゃねぇか!」
しびれ突きでけん制しつつ、ジャミルくんが軽口をたたきます。
ドゴン!!
巨大な瓦礫がジャミルくんの脇を抜けて後方の壁に激突しました。
ダウドくん「ジャ、ジャミル!なめてかかっちゃ駄目だ!あんなの喰らったら肉煎餅になっちゃうよ!」
ジャミルくん「ちょっと自分に嘘を突いただけだろ!キモい事言うな!」
サイクロプスの攻撃を捌きつつ、ジャミルくんは冷静に考えていました。
(相手の制空権が広すぎる!このままじゃジリ貧だ!)
ジャミルくん「まだかよ!おばちゃん」
おばちゃんは懐から出した針をサイクロプスめがけて投擲しました。
おばちゃんの手を離れた針は水の毒蛇へと変化しサイクロプスの目に喰らいつきました。

「ぅぅttyltyl、yぉぇdflrlr!!!」

人間には理解できない声でサイクロプスは咆哮し、暴れだしました。
ダウドくん「うわ!」
ジャミルくん「おい!さっきより酷くなったぞ!」
おばちゃん「視界を奪うのが目的だ」
そう告げるとおばちゃんは姿勢を低くし、一気に間合いを詰めます。
ジャミルくんはサイクロプスの周囲に風が集まっていることに気付きました。
ジャミル「やばい!物陰に隠れろ!」
室内に凄まじい冷気が暴れ狂いました。しかしおばちゃんは体の表面を凍りつかせながらも、
その暴風域をぎりぎり突破し、サイクロプスの股の間を抜けて背後を取りました。
そのまま短剣を根元まで突き刺し一気に背中を切り裂きました。

「あlslkjfdsじゃsjふぁさshんヴぉあぁl;あお!!!!」

おばちゃんは声を上げてのけぞるサイクロプスの首に組み付き、短剣を一閃!
冷気に凍る室内に血の薔薇が咲きました。



ダウドくん「あの技は暗殺剣、瀑洲他武!」
ジャミルくん「知っているのかダウド!?」
ダウドくん「うん・・・。
遥か古代リガウ島で恐るべき暗殺剣が考案された。
ただ一振りの短剣で標的の体から全血液を奪い死に至らしめるという暗殺剣である。
この技を受けたものは急所から瀑布(ばくふ)の如く出血し、倒れたその身が洲となり、
また他に武器を用いないことから瀑洲他武と呼ばれ恐れられた。
なお余談ではあるが、「大量の液体が流れ出る」、「沈めたその身が洲となる」、
「一つを除き武器を持ち入らない」という共通点から現在用いられている
「バスタブ」が瀑洲他武の名にちなんでいるのは賢明な読者諸君の推察の通りである。
『暗殺剣と浴槽』って本に書いてあったよ」
ジャミルくん「どこで見つけたんだそんな本・・」
敵を倒し、気が緩んだ二人の目に倒れ付したおばちゃんの姿がうつりました。
ジャミルくん&ダウドくん「おばちゃん!」
二人は急いでおばちゃんの下に駆け寄り、助け起こしました。
おばちゃん「すまない・・」
ジャミルくん「なに言ってんだ。俺達二人はおばちゃんに助けられたんだ。こんなことぐらい何でもねーよ」
ダウドくん「そうそう。オイラ達の命の恩人だよ」
おばちゃん「すこし・・思い出したことがある・・」
ジャミルくん「思い出すって・・なにを?」
ダウドくん「おばちゃんは記憶喪失なんだよ、ジャミル」

おばちゃん「俺は・・ある組織の下に集められた男の子の中一人だった。毎日厳しい訓練を課せられた。」
ダウドくん「おばちゃん男だったの!?」
おばちゃん「やがてあたしゃ4人の子供を産んだ。俺は他人を蹴落としてでも上に行くことしか教えられなかった。他の感情など覚えたこともなかった。でもあたしゃ子供達を愛してたんだ・・・」
ジャミルくん「なんかお前色々とおかしいぞ?」
ダウドくん「まぁまぁ、きっとまだ記憶が混乱してるんだよ。そういえばおばちゃん、名前は?」
おばちゃん「名前・・・?俺の名前は・・・・・ク・・・そう、『ダーク』だ」
おばちゃん・・ダークにダウドくんは笑顔で話し掛けました
ダウドくん「ダーク、オイラたちと一緒に行かない?いいよね?ジャミル?」
ジャミルくん「いいんじゃねーの?腕は立つようだし」
投げやり風ですがジャミルくんも賛意を示しました。
ダーク「お前達といれば・・俺の記憶も戻るだろうか?」
ダウドくん「わからないけど・・でも一人で出来ることには限界があると思うよ?」
ダーク「そうだな、お前達と共に行くことにしよう」
ジャミルくん「よぉーし!そうと決まればとっとと帰ろうぜ」
ダウドくん「その前に瓦礫をどけないと」
ダーク「奴らの仲間が来るかもしれん。こっちの穴もふさいでおいた方がいいだろう」
ジャミルくんは肩を落として嘆息しました
ジャミルくん「前途多難だな・・・」



ダウドくん「ん?」
瓦礫を除去していたダウドくんは違和感を覚えました。
レンガを漆喰で固めた壁の模様の一部が食い違っていたのです。
怪訝に思い押してみると壁が動きました。
ダウドくん「ジャミル!隠し扉があるよ!」
ジャミルくん「何?それはきっとお宝に違いないぜ!」
ダーク「行くのか?」
ジャミルくん「もちろんだ!それにお前の記憶の手がかりもあるかもよ?」
ダウドくん「いやさすがにこんなところにはないんじゃ・・・」
ダーク「よし、行こう。モンスターがいるかもしれん俺が先に行く」
ダウドくんが控えめに突っ込みましたが、ダークはやる気満満です。



隠し扉の先は細い通路でした。
そして五分ほど歩くと中央に大きな穴があいた広い部屋に出ました。
ジャミルくんは周囲を探りましたがすぐに肩を落としました。
ジャミルくん「行き止まりだ」
ダウドくん「この穴の下になんかあるのかな?」
そう言ってダウドくんは穴を見下ろしました。
ダウドくん「ひぃ!」
ジャミルくん「どうした!罠か!?」
ダウドくんは腰を抜かした状態で穴を指差します。
ダウドくん「ひ・・・・ひとが・・!!」
ジャミルくんが穴を見下ろすとそこには堆く積まれた死体と骨の山がありました。
おそらく奴隷商人たちが死んでしまった奴隷を捨てたのでしょう。
ジャミルくん「ひでぇことしやがる・・・!!」
ダーク「あれはなんだ?」
ダークの指差した方向には成人男性ほどの大きさの白い塊がありました。
よく見るとそこかしこにそれは設置されていました。
そしてそのうちの一つが突然爆ぜました。中から出てきたのは大人ほどの大きさの一つ目の赤ん坊でした。
ジャミルくん「!!」
繭から生まれ出たそれは産声も上げず近くにあった死体を喰い始めました。
ジャミルくんは全身総毛立ちました。
(あれが全部成獣になったら・・!)
ジャミルくん「くそったれの奴隷商人共が!とんでもねぇもん残していきやがって!
ダウド!ダーク!急いで帰るぞ!ウハンジとトゥマンの野郎に知らせるんだ!」
ダウドくんは声もなく首をがくがく振ります。ダークも静かに頷きました。
ジャミルくん「あんな化け物どもに俺達の寮を荒れされてたまるか!
・・・それが済んだら奴隷商人共てめぇらの番だ!絶対に・・・・・許さねぇ!」
揺るがぬ決意を胸にジャミルくんたちは走り出しました。



同日同時刻コパー峠

騎士団寮域とクジャラート寮域を隔てる峠。
そこに俺はいた。何をするでもなく。
もう全てがどうでもいい。
そこに誰かがやってきた。背にギターを担いでいる。吟遊詩人か。
詩人「隣に座ってもいいですか?」
???「好きにしろ」
詩人「ありがとうございます。お名前は?」
アルドラちゃん「・・アルドラ」
詩人「ずいぶんと落ち込んでいるようですが何かあったんですか?」
自分でも信じられないことだが何故か素直に口が動いた。
いや、俺は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない俺の苦悩を、悲しみを。
詩人「なるほど、それでそのような酷い顔をされているのですね」
アルドラちゃん「ああ、全く酷い姿にされたもんだ」
しかし、詩人は首を振った。
詩人「そうではありません、私が言っているのはあなたの目の事です。
あなたの目は澱み濁っている。まるで生きていることに絶望しているかのようです」
アルドラちゃん「その通りだ。私は絶望している。こんな姿にされたのだ、当然のことではないか?」
詩人「もとの姿に戻ればいいではありませんか」
アルドラちゃん「簡単に言うな!そんな方法があればやっている!」
詩人「戻る方法を探してみたのですか?」
アルドラちゃん「!」
言われて気付いた。そんなことはほとんどしていなかった。
やっていたことといえばミルザとサルーインの中に嫉妬していただけだ。
いや、足を引っ張ってさえいた。
自分は何の努力もせず他人の足を引っ張る・・・それは最も自分の嫌っていた人種だ。
詩人「差し出がましいことを言うようですが、幸せというのは道を進んだ先にしかないものです。
それがすぐそこにあるのか、遥か遠くにあるのか、
それは人それぞれです。しかし歩みを止めうずくまっている人が手に入れることはまず、できません。
あなたは誰かに助けてもらわなければ何もできないお姫様のようにありたいと願っているのですか?」

俺は近くの小川を覗き込んだ。
なるほど、酷い目だ。店で売っている魚の方がどれだけ生き生きしていることか。
今の俺の目はまるで腐魚のそれだ。
小川の水で顔を洗い、もう一度覗き込んだ。
・・・よし!これが俺の目だ。

俺は詩人に言ってやった。
アルドラちゃん「俺がお姫様のようにありたいと思っているか、だと?
笑わせるな、騎士が助けに来ないならドラゴンも悪い魔法使いもまとめて叩きのめすのが俺の生き方だ!」
詩人は目を細めて微笑んだ。そしてギターを爪弾きつつ語りだした。
詩人「いい目になりましたね・・。あなたのためになるかわかりませんがこんな話があります。

いまから数十年前クジャラート寮にその人ありと歌われた伝説の暗殺者がいました。
名はダーク。素性が知れておりながらその強さゆえ誰も彼を止められなかったといいます。
彼は非公式のクラブ、アサシンギルド同好会を率いクジャラート寮を裏で操っていたといいます。
あるとき彼は唐突に姿を消しました。その理由は定かではありませんが、彼が死んだと考える人は皆無だったといいます」

詩人「あなたのその姿は伝承の中にあるダークの姿に似ています。何かの手がかりになるのではないでしょうか?」
アルドラちゃん「この姿が・・・?」
詩人は静かに頷いた。
詩人「もしよければ四寮長を尋ねてみてはどうでしょう?彼らは古のときよりこの学園にいます。
何か知っているかもしれませんよ?・・・それではわたしはこのへんで」
そういうと詩人は俺に背を向け、立ち去ろうとした。
アルドラちゃん「待ってくれ!最後に一つ教えてくれ!・・・あんたはなんで俺を『助けて』くれたんだ?」
詩人「私はこの学園に生きる全ての者を平等に愛しています。
ですから特定の人を助けたりはしません。普段は。でも・・・たまには気まぐれも起こします」
そう言って微笑んだ。
アルドラちゃん「きまぐれか」
詩人「そう、きまぐれです」
アルドラちゃん「そうか、きまぐれか・・・ック。プッククハハハハハ、あーはっはっはっは!」
俺は唐突に笑い出してしまった。こんなに笑ったのはいつ以来だろう?
気がつくともう詩人はそこにはいなかった。
あんたのおかげで助かった。ありがとう。
アルドラちゃん「さて、まずはマラル湖だ!」
待ってろよ、ミルザ!きっともとの姿に戻って――

―――お前を振り向かせて見せる!


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