第16話「a kidnapping」

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【騎士団寮校庭】

まだ夜も明けていない騎士団寮の校庭。
一人の男が立っていました。
イフリート先生「・・・遅いな。」
自身の腕にはめられてる時計をチラリと見ます。
――午前3時2分
約束の時間から2分過ぎています。
先生は一度ため息をつき、そのまま夜空を仰ぎ見ました。

???「あ、イフリート先生だ!せんせー!」

突如声がしました。
そこには、駆け足でこちらへ来るミルザくんとオイゲンくんの姿がありました。
二人は先生の目の前で止まりました。
ミルザくん「先生・・けっこう来るの早いですね。」
イフリート先生「私は時間にはきっちりしているからな。
         ・・・お前ら。自分から時間を指定しておいてそれで遅れるとは何事だ!」
オイゲンくん「すんません。・・・っつっても、ほとんどはコイツのせいなんすけどね。」
ミルザくんを指差します。
ミルザくん「す、すいません・・・ちょいといい夢見てまして・・・いい夢・・・いい夢・・・うへへ」
オイゲンくん「おい、妄想の世界に浸るな!・・・ったく、先が思いやられるぜ。」
イフリート先生「・・・まったくだな。」
先生は小さく笑いました。
オイゲンくん「さて、そろそろ行くか!・・先生、カムフラージュを。」
イフリート先生「わかった。」
先生は昼間と同じように二人に、続いて自らにカムフラージュをかけました。
イフリート先生「お互いの姿を見失うなよ。」
オイゲンくん「大丈夫ですって。」
ミルザくん「・・・さるーいんちゅわぁん・・・・・・うひひひ」
オイゲンくん「で、お前はいつまで妄想に浸ってるんだ!」
ミルザくん「うぎゃっ!」
ゴチン、とオイゲンくんのげんこつが正確にミルザくんの頭にヒットしました。
オイゲンくん「・・・ちゃんと見えている。よしよし。」

オイゲンくん「さぁ、行きましょう、ミルザ!先生!」
イフリート先生「ああ。」
ミルザくん「よし、行こう!」

三人は駆け出しました。



【コンスタンツ(が捕らえられている洞窟)内部】

三人は洞窟内部へたどり着きました。
少し進んだ所の広い通路に、魔族、虫系、一部の夜行性の獣系のモンスターなどが徘徊しています。
イフリート先生(いいか、聴覚感知のモンスターもいる分、足音を立てないように注意するんだ。
         私達の存在が敵に知れてしまえば、コンスタンツの命はないぞ。)
ミルザくん(はい。)
地面を踏みにじっていくように、ゆっくり、慎重に足を運んでいきます。
敵の目と耳を盗んで進んでいく事に馴れていないミルザくんとオイゲンくんは、
今までに味わった事の無い緊張とじれったさを感じていました。
獣達の飢えた呼吸と虫達の小うるさい羽音も、彼らの耳にはほとんど入っていきません。
聞こえるのは自らの呼吸の音と心音のみ。
その音すらにも注意を払いながら、三人は進んでゆきます。

何十分経ったでしょう。果てしない緊張の末に、三人はモンスター達の姿が見えない狭い通路へとたどり着きました。
ミルザくん「はぁ、はぁ・・・疲れた・・・」
たまったものを吐き出すように言いました。
オイゲンくん「モンスターはあそこに集中していたみたいだな。
        ここではモンスターの姿も見えないし気配も感じない・・・はぁ、マジ疲れた。」
たまっていた息を一気にふきだすと同時に、岩壁にもたれかかりました。
急速に疲労と緊張が抜けていきます。
イフリート先生「よくやったぞお前達。だがまだこれで終わったわけではないぞ・・・」
オイゲンくん「わかってますって。」
オイゲンくんは岩壁を離れました。
オイゲンくん「夜が明けるまでにすべて終わらさなきゃいけないもんな。急がねえと。」
ミルザくん「そうだね。よし、いこう!」
三人は再び足を進めました。



それから、一向は岐路へとたどり着きました。
細い通路が二手に分かれています。
ミルザくん「・・・分かれ道だね。どうしよう?」
オイゲンくん「チッ、不親切な洞窟だな・・・時間もないし、ここは二手に分かれていくしかないな。」
ミルザくん「こっちは三人だよ。」
イフリート先生「・・・・・・」
イフリート先生「では、私が一人で行こう。」
ミルザくん「えっ、先生が?・・・一人で大丈夫なんですか?」
イフリート先生「無論だ。私を誰だと思っている。・・・心配には及ばん、私は行くからお前らも早く行け。」
ミルザくん「は、はい・・・」
先生はそのままさっさと行ってしまいました。

オイゲンくん「・・・俺たちもいくぞ、ミルザ。」
ミルザくん「う、うん。」
二人も、もう片方の道を行きました。


それから数分後。



【コンスタンツ最深部】

「眠れん・・・」

ストライフちゃんはごろりと寝返りをうちました。
ストライフちゃん「まさか場所と寝具が変わっただけでこうも眠れんものだとは。・・・なぁ、ヘイト。」
寝袋ごとヘイトちゃんの方向を向きます。
ヘイトちゃん「そうねェ・・・でも我慢、我慢よォ、スットライフちゃん。」
ストライフちゃん「わかってるけど・・・そもそもなんで私達がここにいなければならんのだ?
           取引くらいこいつらに任せておけばいいじゃないか。」
後方で直立不動のまま動かないオーガを指差しながらストライフちゃんは言いました。
ヘイトちゃん「何言ってんの!;!こんな頭悪そうで雑魚そうな豚に任せられるわけないじゃなァい!!!★f☆★
        取引なんか成立せずに相手のヒトにぶちのめされてコンスタンツ奪還されてそれでお終いよォ。。」
ストライフちゃん「じゃあ、せめて寝るときくらい寮に帰っても」
ヘイトちゃん「ダメに決まってるでしょォォォォ!!б☆□@!!
        こんなとこにコンスタンツおいといて帰ったら、あの豚オーガがなにするか分かんないじゃない!!◎」
傍らに倒れているコンスタンツと、直立不動のまま動かないオーガを見比べながら言いました。
ストライフちゃん「じゃ、じゃあ、コンスタンツも寮に連れ帰って・・・」
ヘイトちゃん「バカ!!寝てる女運んでるトコなんて見られたら怪しまれるに決まってるでしょ!!★ 大体重いしイヤだわ。」
        どうしたのストッライフちゃァん。さっきから頭悪いわよォう。もちっと考えなさァい。。。」
ストライフちゃん「そ、そうだな。すまん、うまく頭が回らなくて・・・(へ、ヘイトにバカっていわれた・・・)」
ヘイトちゃん「ったく・・・誘拐も楽じゃないわねェ。・・・なぁ、オーガ!!」
八つ当たり気味にオーガに話を振ります。
オーガ「・・・バウ?」
ヘイトちゃん「バウて!変な鳴き声!!ω」
オーガ「・・・ヒヒーン」
ヘイトちゃん「こ、こいつ瞬時に鳴き声変えやがった!Φ! ウザッ!!!@%⇔」
オーガ「あ、すんません。自分オーガなもんで。」
ヘイトちゃん「しゃべれるのかいっ!!★☆氏煤浴I!!」
オーガ「簡単な熟語の組み合わせ程度なら、なんとか。へへ」
ヘイトちゃん「しらねーよ!!!Pwh●」
ストライフちゃん「眠れねーよ!!静かにしろ二匹とも!!」
ストライフちゃんの怒号が飛びました。
ヘイトちゃん「!?(”匹”でくくられた!?)」
オーガ「!?(”匹”でくくられた!?)」
ストライフちゃん「ったく・・・静かにしてくれよな。寝るのが遅くなればなるほど肌の調子が悪くなって明日困るんだ。」
ヘイトちゃん「え?ストライフちゃん肌の調子とか気にしてんの??へェ〜ラロロ意外ィ〜〜」
ストライフちゃん「当たり前じゃ!!!」


「ふぅん、ずいぶんカワイイ誘拐犯じゃないか。」


ヘイトちゃん・ストライフちゃん「え!?」
突然、部屋の中に聞き覚えの無い声が響き渡りました。
空耳と疑う事はありえないほどに大きく、確かな声で。
ストライフちゃん「誰だ!!」  ヘイトちゃん「何事ォ!?」
二人は急いで寝袋を外し、飛び起きました。
辺りを見回します。誰もいません。外と部屋の間を遮断する扉もかたく閉じたままです。
???「誰がこんな結果を予想したか・・・どうやら私の心配も取り越し苦労だったようだ。」
間違いなく部屋の中から聞こえるその声。
ストライフちゃん「コソコソ隠れてないで出て来い!!」
声を張り上げます。
???「私は隠れてなんかいないよ。君たちの目の前にいる。」
ストライフちゃん「・・・!?」
声はかなり近づいていました。いやがおうにも恐怖を感じざるをえません。
???「もうそろそろ切れる頃だろう・・・目をこらして前を見てみなさい。」
二人は困惑しながらも前を見つめていました。
確かに、なにか人の体のようなものが少し浮き上がっているようにも見えます。
次第にそれは更に濃度を増していき、誰の目にも明らかに人の形を浮き上がらせていきました。
???「どうだ?見えてきただろう。」
男は言いました。
ストライフちゃん「!!?」
ヘイトちゃん「これは・・・カムフラージュ・・・!アンタ、侵入者ねェ!どうやって入ってきたのよ。鍵は閉めてあるはずよォ!!Γ」
???「そんなこと、どうでもいいではないか。私は騎士団の使者。ともかく、コンスタンツを返してもらおう。」
男はさらりと言いました。
ヘイトちゃん「あら、そう来るってワケ。オーガ、やっちゃいなさァいい!!☆a■δ!!」
オーガ「・・・あー?」
ヘイトちゃん「・・・だァからやっちゃいなさいってんのよォう!!†★☆!!」
オーガ「・・・あー・・・」
ヘイトちゃん「なんでそんなにヤル気ないの!?アラ反抗期!?」
オーガ「・・・あー。」
オーガはやる気なく腕を振り上げて男に襲い掛かりました。
???「・・・身の程知らずめが。」
男は腕に力を込めました。筋肉がボコリと隆起します。

グバアッ

男の渾身の一撃により、オーガは吹き飛びました。
壁に激突し、そのままうつ伏せに倒れます。
ピクピクと一、二度痙攣し、そして動かなくなりました。
ストライフちゃん「!?」
ヘイトちゃん「!?」
予想外の出来事に慄く二人。
男はニヤリと笑いました。
ストライフちゃん「おまえ・・・やるな。オーガを一撃で・・・何者?」
男を睨みつけます。

イフリート先生「私の名はイフリート。ふふ、騎士団寮の一体育教師さ。」



【コンスタンツ深部】

ミルザくん「先生、だいじょうぶかな・・・」
オイゲンくん「だいじょうぶさ。あの先生ならきっと・・・いや、う〜ん?」
ミルザくん「・・・だ、だいじょうぶかな。」
オイゲンくん「・・・心配だな。」

二人は依然音を立てないように洞窟の深部へと進んでいました。
この道の最深部であろう小部屋のような場所へ二人はたどり着き、そして言葉を失いました。
ミルザくん(これは・・・)
オイゲンくん(こんなトコにモンスターが、しかもこんなに沢山・・・)
その部屋には、様々な種族、種類のモンスターが無数に存在し、巨大な群れを作っているのです。
本来群れを成さないようなモンスターも、そこにはいました。
ただ二人にとって好都合なのは、みな眠りに落ちているという事です。
オイゲンくん(なんかすげぇモノ見た気分だぜ・・・ともかく、こっちにゃコンスタンツはいないみたいだ。どうやらここで行き止まりだ。)
ミルザくん(みたいだね。)
道はこの小部屋で終わってるみたいで、そしてコンスタンツの姿もどこにも確認できませんでした。
オイゲンくん(となると、イフリート先生の行った方の道に・・・おそらくコンスタンツが。)
ミルザくん(多分そうだね。じゃ、引き返そうか。)

ピチャ

!?

水がはじける音。静寂の中に唯一つ響きます。
ミルザくん(しまっ・・・!!)
オイゲンくん(ちょっ・・・・・おまっ・・・・・!!)
油断から、ミルザくんは床の水溜りを勢いよく踏みつけ、音を立ててしまったのです。

「キィィイィぃーーーーーーーー!!!」

ミルザくん・オイゲンくん「!!!!」
一匹の虫型モンスターが、金切り声を上げました!
その先の展開は、二人には容易に予想できました。

無数のモンスター達が一斉にビクリと起き上がります。
無数×2の眼光が二人を睨みつけます。
飢えた吐息が響き渡ります。

オイゲンくん「オイ、やばいぜミルザ。絶体絶命だ」
ミルザくん「う、うん。そうだね」

二人は既に分かっていました。逃げ場が無い事も、そしてもうカムフラージュが解け、自分達の姿が露になっている事も。
オイゲンくん「やるしかねぇ」
オイゲンくんは打槍、ウコムの鉾を取り出し構えました。
キッとモンスター達を見据えます。
ミルザくん「いや、その必要は無いよ、オイゲン!」
オイゲンくん「なんだって?」
ミルザくん「一か八かだけど・・」
幻のアメジストを取り出しました。
オイゲンくん「! そうか!」
オイゲンくんはウコムの鉾をしまい、後ろに下がりました。
幻のアメジストを片手に、術の構えをとるミルザくん。
ミルザくん「術なんてほとんど使った事無いけど・・・糸石の力ならどうにかなるはず・・・!」

ミルザくん「睡夢術!!」

強力な煙がモンスター達を覆いました。
煙を浴びたモンスター達は、一匹、また一匹と崩れ眠りに落ちていきます。
やがてモンスター達は一匹残らず眠りに落ちました。

まるで先程の騒ぎは無かったかのように辺りに再び静寂が舞い戻ります。
ミルザくんはたまらずガッツポーズをあげました。
ミルザくん(はぁ、はぁ・・・やった!)
オイゲンくん(やったな、ミルザ!だいじょうぶか?)
ミルザくん(だいじょうぶ、ただ、糸石の力といえど、あんな強力な術は・・・ちと体に、悪い、ね・・・もう早くも、くたくた、だよ。)
吐息を乱しながら切れ切れに喋ります。
オイゲンくん(もうあんま喋る。俺たちの目的はこれで達成されたわけじゃないぞ。喋らずにきっちり体力を戻しておけ。)
ミルザくん(うん・・・)
オイゲンくん(とんだ無駄足をくらっちまったが・・・さぁ、いくぞ!)

二人は、来た道を引き返し始めました。



【コンスタンツ最深部】

閉塞された部屋の中で、ヘイトちゃんとストライフちゃん、そしてイフリート先生が対峙していました。
ヘイトちゃん「わざわざこんな所まで来ちゃって、ご苦労なこって。
        でも残念。そこから一歩でも動いたら、コンスタンツの命はないかもよォ?」
イフリート先生「へぇ。」
躊躇わずに先生は一歩踏み出しました。
ヘイトちゃん「ちょ、ちょっと!そんな軽々しく動いちゃっていいのォ!?アンタ、教師でしょ!?生徒の命第一じゃ・・・」
イフリート先生「やれるものならやってみなさい。」
挑発するように言います。
ヘイトちゃん「・・・!よくもそんな事が言えたものね!」
ヘイトちゃんは後方で倒れているコンスタンツの方へと、一歩足を踏み出しました。
その瞬間、突然地中から何かが現れ、ヘイトちゃんの進路をふさぎました。
ヘイトちゃん「ちょ、な、なにコレ!・・・アースハンド!?」
うろたえるヘイトちゃん。
間もなくコンスタンツの隣にもう一つアースハンドが出現しました。
手は自らの意思を持っているようにコンスタンツを掴むと、イフリート先生の方へ向かってぽいと投げました。
先生はコンスタンツを受け止め、またニヤリと笑いました。 
イフリート先生「さて、コンスタンツは返してもらったぞ。さぁ、あとはお仕置きの時間だな。」
先生はコンスタンツを部屋の隅へ置くと、ヘイトちゃんの方へ向き直りました。
ヘイトちゃん「・・クッソ!」
ヘイトちゃんは闇の球を作り出し、二本のアースハンドを破壊しました。
イフリート先生の方へ向き直り、キッと睨みつけます。
ヘイトちゃん「アンタなんかに邪魔されるわけにはいかないのよォう!!」
ヘイトちゃんは再び闇球を作り出すと、イフリート先生に向けて放出しました。
先生も同じ程度の大きさの火球を作り出し、闇球にぶつけ相殺します。
ヘイトちゃん「くっ・・」
イフリート先生「まだまだ甘い。」
ジリと一歩踏み出し、距離を縮めます。
ストライフちゃん「次は私の番だ!くらえ!!」
魔力が漲っていきます。魔力は炎へと形を変え、更に炎は巨大な鳥へと形を変えました。
イフリート先生「ほう、火の鳥じゃないか。」
感心するイフリート先生へ、火の鳥の巻き起こした無数の火の玉がおそいかかります。
部屋中が震え、紅く染まりました。

ストライフちゃん「はぁ、はぁ・・・やったか?」
ヘイトちゃん「オォーー、ナイス、ストライフちゅわァん!!★☆」
ストライフちゃん「死なない程度に威力は絞っておいたはずだ・・・だがそれでも少々手荒すぎたか。」
イフリート先生「いや、そうでもなかったぞ。」
ストライフちゃん・ヘイトちゃん「!?」
先生は二人の目の前にいました。
全くの無傷。ダメージを負った気配は微塵もありません。
ストライフちゃん「なっ、なぜ・・・」
イフリート先生「まだまだお前のは火遊びレベルだ。」
先生の拳が、ストライフちゃんの顔面を捉えました。
先程のオーガのように、ストライフちゃんも吹き飛び、壁に激突し、そして倒れました。
イフリート先生「・・・だが、センスはある。寮に帰って大人しく勉強し直す事だ。」
手をパンパンと払い、ゆっくりとヘイトちゃんの方に向き直ります。
ヘイトちゃん「・・・・・・!!」

ヘイトちゃん「アンタ・・・セルフバーニングを使っているんでしょう。」
イフリート先生「ほう、ご名答。」
ヘイトちゃん「セルフバーニングではなければ無傷でいれるわけがないもの!・・・卑怯な奴ねェ・・・!」
イフリート先生「私達はなにも試合をしているわけではないだろう、これは闘いだ。
         闘いに卑怯などという言葉は無いだろう。」
ヘイトちゃん「んな事誰も聞いてないわよゥ!!・・・いいわ、このヘェイトちゃぁんがアンタを倒したげるわァ!!」
イフリート先生「どれ、やってみなさい。」
ヘイトちゃんは後ずさり距離をとると、術の構えを取り魔力を漲らせました。
ヘイトちゃん「アタシのとっておきをみせたげる!!★ いけっ、ダークネビュ・・・」

パァン

ヘイトちゃん「あびゃっ!?」
ヘイトちゃんは尻餅をつきました。
ヘイトちゃんは困窮していました。何が起こったのかよく分からないようです。
イフリート先生「無防備に大技を使おうとするなど、愚の骨頂。
         そら、今のように小さい技でショックを受け、術は不発に終わり更に隙もさらけ出してしまう。」
先生は、ヘイトちゃんを見下す形で手から紫色の電球を発し、放ちました。
目にも留まらぬ速さで電球はヘイトちゃんに達し、強力なボディブローを食らわせました。
ヘイトちゃん「ぎゃんっ!!」
呻きながらゴロゴロ転がるヘイトちゃん。
イフリート先生「大技はこういう時に使うものだ。」
紫色の魔力が広がり、漲っていきます。
ヘイトちゃんの顔が凍りつきました。

イフリート先生「ダークライトウェブ!!」

凄まじい音と共に幾重もの魔力の網がヘイトちゃんを掴み、弾けていきます。
数秒後術が終わった時には、ヘイトちゃんは地に伏していました。



イフリート先生「これで終わったな」
先生は倒れているヘイトちゃんを見やりました。
イフリート先生「・・・死んではいないな。」
先生はヘイトちゃんを持ち上げると、部屋の隅に置きました。
次にストライフちゃんをチラリと見やります。
イフリート先生「・・・こちらも死んではいない・・・」
呟いた後、先生はドアの前へ行き、鍵をカチリと開けました。
そして、部屋の中心にドカリと座り、胡坐をかきます。
イフリート先生「あとは・・・」
先生は怪しく、小さく含み笑いを浮かべました。



そしてそれから数分後。

静かにドアが開きました。
ドアを開けた人物は、中の様子を見て驚きました。


ミルザくん・オイゲンくん「イフリート先生!?」


イフリート先生「お前達。遅いではないか。この通り、誘拐犯は倒してコンスタンツは助けたぞ。」
先生は満足げに笑いました。
オイゲン先生「まさか先生がもうやっちゃってるなんてな。」
ミルザくん「さすが先生!これで一件落着ですね・・・」
ミルザくんは何気なく部屋を見回して、そしてまた言葉を失いました。
その視線が、倒れている一人の女の子に止まります。
イフリート先生「どうした?」
オイゲンくん「なにやってんだよ。」
ミルザくん「あの子・・・もしかして・・・」
ミルザくんは女の子に近寄り、顔を覗き込みました。
その瞬間ミルザくんはハッと顔を強張らせました。
ミルザくん「この子・・・やっぱり、ストライフちゃんだ・・・!」
オイゲンくん「なんだって!?」
ミルザくんと倒れているストライフちゃんの元に駆け寄るオイゲン。
オイゲンくんもその顔を覗き込みます。
オイゲンくん「ス、ストライフだ・・・」
オイゲンくんは息をのみました。
イフリート先生「なんだ、知り合いなのか?」
ミルザくん「知り合いどころか・・・一緒に協力して戦った事もある・・・友達です。
       ・・・先生、この娘が、ストライフちゃんがコンスタンツの誘拐犯だったんですか?」
イフリート先生「そうだ。」
ミルザくん「そんな・・・」
信じられませんでした。
イフリート先生「そいつだけではないぞ、もう一人いるだろう、そっちに。」
先生は倒れているヘイトちゃんに向かって指を差しました。
そちらに視線を移すミルザくんとオイゲンくん。再びミルザくんは驚愕しました。
ミルザくん「あ、あの娘は・・・ヘイトちゃん!」
イフリート先生「あいつとも知り合いなのか?」
オイゲンくん「・・・あの娘とはいつどこで会ったんだ?」
ミルザくん「まえ、ワロン寮で会って、一緒にゲッコ族を解放させたんだ・・・
       二人とも誘拐なんてやるような娘じゃないのに・・・なぜ・・・?」
目の前の事実と過去の差がミルザくんを混乱させます。
信じるしかないはずなのにミルザくんは信じる事が出来ませんでした。
イフリート先生「人間なぞそのような物だ。人はかならず何かを偽り生きていく。
         それが何かは他人が知る事はできない。それを知っているのは己だけ・・・何物にもどうしようなく裏は存在するのだ。」
ミルザくん「そんな・・・」
イフリート先生「それよりミルザ、オイゲン。もう片手の道には何があった?」
オイゲンくん「ああ、あっちには・・・」
オイゲンくんが答えます。
オイゲンくん「特に何もありませんでした。モンスターが沢山いたけど全員寝てたようで・・・
        種族問わず幾数十ものモンスターが集団で纏まって寝ていました。」
イフリート先生「へぇ?」
先生は少し関心を持ったようでした。
イフリート先生「種族問わず、か。普通モンスターは決まった種族でそれぞれ縄張りを張り纏まるものだが・・・
          まぁ、そんな事はどうでもよい。それよりも・・・」
先生は立ち上がりました。

イフリート先生「糸石は無事か?」

ミルザ「え、ええ。」
ゴソゴソと懐をあさり、三つの糸石を取り出し先生に見せます。

妖艶な紫の輝きを放つ『幻のアメジスト』。
鮮麗な蒼の輝きを放つ『水のアクアマリン』。
深淵の闇の輝きを放つ『闇のブラックダイア』。

三つもの糸石。
イフリート先生「・・・」
イフリート先生(伝説、おとぎ話の作った産物でしかないと噂され、その噂、おとぎ話でさえも知らない人間が大半を占める。
         糸石の存在を知る人間は少ない。その中で糸石を手に入れようとする人間はごく一部。
         その中のほとんどは諦めていき、ごく一部の中の一部の中の人間も糸石を手に入れることなく金庫番に屈し倒れてゆく。
         ごく一部の中の一部の中の一部の中の選ばれし人間。一握りなんてものでは済まされない。
         神に愛されし領域までに踏み込む人間。
         そんな者がいま間違いなくこの私の目の前にいる。我が教え子、ミルザ、オイゲン。・・・そして糸石も・・・)

・・・私は

ミルザ「せ、先生、どうしたんですか?さっきから下向いてだんまりで。」
先生の顔を覗き込みます。
先生が顔を上げます。
イフリート先生「その・・・糸石を、手にとってゆっくり見ていいか?」
ミルザ「あ、はい、いいですけど。」
オイゲン「?」
先生は手を伸ばし三つの糸石を掴みました。

イフリート先生「・・・ありがとう。」

オイゲンくん(・・・・・・?)
口に出すほどの物ではなく考え込むようなものでもなく、ただ一抹の違和感を感じ取ります。
イフリート先生「・・・さて。」
先生は少し二人と距離を置くように後ずさりました。
ミルザくん「先生?」
先生の顔は少し微笑んでいるようでした。

・・・私は――何と運がいいのだ。


イフリート先生「お別れだ」


巨大な真紅の鳥が舞っていました。



イフリート先生「・・・・・ふむ。」

砂埃が晴れてゆきます。
視界が露になってきました。
「・・・オイオイ」
伏せていたオイゲンとミルザが立ち上がります。
オイゲンくん「突然なんなんスか?・・・ちょい洒落になってませんよ、今の威力は。」
砂埃を払いながら言います。
イフリート先生「洒落のつもりは無かったがな。」
オイゲンくん「・・・じゃ今のは・・・今の火の鳥は・・・・・何だったんスか?
        ・・・殺す気だった、とでも?」

イフリート先生「そうだ。」

落ち着き払った口調で言う先生。
ミルザくん「ちょっ、」
前に出ながら言います。
ミルザくん「訳が分かりませんよ、一体どうしたんですか、先生?」
ミルザくんの顔は困窮に満ちています。
イフリート先生「・・・フー」
イフリート先生「なあに、簡単な事だよ。お前達が邪魔だからだ。
         だから、殺そうとした。それだけの事さ。」
サラリと言ってのけます。
ミルザくんは唖然とし、オイゲンくんは顔を顰めます。
オイゲンくん「・・・ハァ?意味わかんねーよ!・・・邪魔?そりゃどういう事だ!!」
オイゲンくんは先生に掴みかかる様にして言いました。
先生は呆れた顔をし、言いました。
イフリート先生「やれやれ、では簡潔に述べるぞ。」

イフリート先生「私は糸石、火のルビーを手中にするため騎士団寮の教師としてここに忍び込んだ。
         火のルビーを手にするための日々を過ごす中、お前達のもつ糸石の存在を知った。
         お前達の持つ糸石を手にし、この『イフリート先生』の皮を依然被ったまま騎士団寮に戻るには、
         お前達をここで殺してしまうしかない、そう考えた。そういう事だ。」

ミルザくんとオイゲンくんは、何もいう事が出来ませんでした。
先生の言う事が理解できないのか、いや、あるいは理解しようとしたくないのか、
ともかく二人は硬直したまま何か考える事も出来なくなっていました。
イフリート先生「そしてもう一つ」
イフリート先生「死に行くお前達にすべてを教えてあげよう。」

イフリート先生「イナーシーに存在する魔の島。
         そこには、知能を持つモンスター達で構成された糸石を狙う一種の組織のようなものが存在する。
         そのモンスター達を統率するボス、『マスター』。そして『マスター』の側近である『将魔』と呼ばれる六匹のモンスター。」

イフリート先生「・・・そして、私はその『将魔』の一員なのだ。」

ミルザくん「!!」
オイゲンくん「!!」

イフリート先生「改めて名を名乗ろう、ミルザ。オイゲン。」

二人の脳裏に、ある日の記憶が蘇ってきます。

”みんな、よろしく!!おはよう!!!私の名はイフリート!!イフリート先生と呼んでくれぃ!!!
 筋肉一番、牛乳最高、好きな言葉は『血と汗と涙を流せ』!!!
 みんなもこれから私と一緒に血と汗と涙を流して飲んで吐いて捨てて頑張っていこう!!!!”
”血は流したくありません”


イフリート「私は六将魔が一人、『反逆者』・イフリートだ!!」


ミルザくん「・・・そんな」
オイゲン「!」
イフリート先生「?」
ミルザくん「何を言っているんですか、先生!先生は糸石を狙う組織から派遣されたモンスターだっていうんですか。
       でも・・・先生は人間じゃないですか!!先生は誰かに操られて変な事を言っているだけです!!」
先生を指差しながら、訴えるように言いました。
確かに、そのイフリート先生の姿は、一般的にモンスターと呼ばれるものとは程遠い、人間の姿なのです。
オイゲンくん「そうだぜ。まさかアンタが・・・先生がモンスターだなんてありえない!何考えてんだ!」
イフリート先生「・・・フー」
ため息をつきます。
イフリート先生「では、このような窮屈な姿をしている意味も無いワケだ。
         百聞は一見にしかず。そうだ、これは私の一番の教育方針でもある。
         ・・・見せてやろう、お前達に・・・真実を。」
先生は術の構えを取りました。
ミルザくん(・・・そんな・・・まさか、まさか・・・)
言い得も知れぬ不安のような感情が襲い掛かります。

イフリート先生「  人化解除!  」

目を覆うような閃光が先生を包みました。
数秒後、先生を覆う閃光の箱が晴れた時、そこにはイフリート先生は存在しませんでした。

イフリート「みよ、この羽を。」
背に生える蒼く透き通った小さい羽。
イフリート「みよ、この尾を。」
長く細く美しい尾
イフリート「見よ、この体を。」
燃え盛るような赤の体、恐ろしいほどの筋肉。
内から無限に湧き上がらんとする火炎を押さえつけるかのように取り付けられた鉄仮面、その下から覗く、殺気に満ちた目。

それは、紛れも無くモンスター・イフリートの姿でした。

ミルザくん「そん、な・・・」
オイゲンくん「嘘だろ・・・」
目の前の現実にただ驚く二人。
イフリート「とりあえず・・糸石は安全なところに閉まっておくとするか。」
イフリートは三つの糸石を片手に持つと、そのまま糸石を持った手を胸に叩きつけました。
手を離すと、そこには青と紫と黒の光が浮き上がっていました。
イフリート「ちょっとやそっとでは取り返せぬぞ。そう、私を倒さぬ限り・・・・」
ミルザくん「・・・・・・!」
オイゲンくん「・・・・・!」
二人を嘲るように、イフリートはすこし目を細めて言います。
イフリート「さて・・・この姿になった私は、『イフリート先生』であった時の様に気は長くは無いぞ。」
一歩踏み出します。

イフリート「この姿になったのはもういつぶりだろうか・・・ともかく私がこの姿になったからにはお前達が生きて帰るのはもう不可能だ。」
ミルザくん「・・・」



イフリート「さぁ、ゆくぞ!」

ガキィン!!

ミルザくん「!!」
イフリートの拳とミルザくんの剣が交わります。

イフリート「いい反応じゃあないか。」
ミルザくん「・・・・・先生・・・!」

先生の拳が、爪が、ミルザくんめがけて振り下ろされます。
ミルザくんは打ち返すわけでもなく、ただ一つ一つ受け止めていきます。
けたたましい音が響き渡ります。
イフリート「さぁ、どうした!?受けるだけでは戦闘は進まんぞ。打ち返してみろ!反撃してみろ!!」
あざ笑うかのように言うイフリート。
ミルザくん「そんな・・・」
ガァン
ミルザくんの一撃が、イフリートの手を弾き返しました。
イフリートに、完全な隙が生じます。
イフリート「ほう」
ミルザくん「・・・、先生・・・っ!」
歯を食いしばり、剣を振り上げます。
ミルザくんの剣撃が、イフリートの頭めがけて振り下ろされます!

イフリート「・・・どうした。」
ミルザくん「・・・・・!」
ミルザくんの剣は、イフリートの頭上で止まっていました。
イフリート「どうした。そのまま攻撃しないのか。」
ミルザ「・・・・・僕は、僕は」

「先生に攻撃することなんてできません!!」

オイゲンくん「・・・・・!」
イフリート「・・・・・馬鹿が!」
ガキン!
レフトハンドソードがイフリートの平手打ちにより吹き飛ばされます。
イフリート「なんと勿体無い。実力は恐らくは騎士団随一。ハインリヒやテオドールにもひけをとらないというのに・・・」
腕を大きく振りかぶります。
イフリート「致命的な部分が欠けている。そう、騎士としての・・・」
手の平に、魔力と炎が集約していきます。
ミルザくん「先生・・・先生!」
イフリート「最早―――」

イフリート「救い難い。」

ミルザくん「――あ、がっ!!」
炎が纏われた掌が、ミルザくんの顔面に思い切り叩きつけられました。
衝撃で吹き飛び、壁に激突し、そして・・・力なく崩れ落ちました。
オイゲンくん「ミルザ!」
オイゲンくんはすぐに飛び掛り、ウコムの鉾をイフリートに向かって振り下ろしました。
イフリートは咄嗟に炎の手で打槍の一撃を受け止めました。
ぎろりとオイゲンくんの方向へ向き直るイフリート。



イフリート「ようこそ、オイゲン。次にああなるのはお前だぞ?」
鉄仮面の下の目がギラリと光ります。
オイゲンくん「望むところだ。俺だって・・・やってやるさ。」

オイゲンくん(ミルザの馬鹿野郎・・・こいつは敵だって言うのに、何を躊躇っていたんだ!
        そうだ、イフリート先生は・・・イフリートはもう完全なる俺達の敵なんだ。容赦してはいけない・・・!)
イフリートめがけ、積極的にウコムの鉾を叩き降ろし、突き出します。
ミルザくんの時とは逆に、今度はイフリートが防戦を喫していました。
イフリート「ふむふむ、オイゲンよ、お前はなかなかいいぞ。ミルザとは違い躊躇わずに攻撃を仕掛ける。」
オイゲン「アンタは敵だからな。いくら元先生だとしてもよ・・・親友をやられて容赦するわけにゃいかねぇんだよ!」
槍に捻りを加えながら、一層勢いよく突き出します。
イフリートは横に飛び移るようにして一撃を避け、そのまま流れるように術の構えをとりました。
イフリート「これはどうかな?ハッ!」
掛け声と共に、オイゲンくんの四方に巨大な岩石が出現しました。
そのままオイゲンくんに向かって吸い込まれるように岩石が飛んできます。
オイゲンくん「チッ」
地面を蹴り、瞬発力を総動員し、石の隙間から外へ抜け出します。
岩石が当たり砕け散る音を背後に、オイゲンくんは再びイフリートに向かい突きかかりました!
イフリート「まだまだゆくぞ。」
イフリートの体の周りを走る炎から無数の隆起ができあがりました。
そのまま隆起は火球となり、オイゲンくんに襲い掛かります。
オイゲンくん(随分どでかい火球だ!しかも・・・こんなに大量に・・・一々相殺していられない・・・!)
火と火の隙間を正確に、素早く避けていきます。
しかし、火球は尽きる事なく延々とイフリートの体から生まれ、放たれ続きます。
イフリート「どうした?オイゲンよ。避け続けているだけでは体力を消耗するだけで戦いは進まぬぞ?」
嘲るように言ってきます。
オイゲンくんはニヤリと笑いました。
オイゲンくん「バッカだなぁ先生は。俺が何の策も持っていないと思ってるのか?」
イフリート「なんだと?」
オイゲンくん「打つ手はとっておくものさ!」
オイゲンくんは懐から、水色の球体を取り出しました。
そのまま、火球の隙間から見えるイフリートに狙いを定め、一瞬のうちに投げつけました!

パリン

球体は弾け、中から多量の水がこぼれ出ました。
こぼれ出た水はすべてイフリートにかかり、火球を生み出す炎は煙を立てて消え去りました。
イフリート「ほう、これはなかなか奇怪な戦法だな。・・・だが、これしきの隙を作ったところでどうする!」
力を全身に集中します。ふたたび炎が沸きあがろうとします。
オイゲンくん「ここからだぜ!」
イフリート「なに?・・・なんだ、それは!」
オイゲンくんの持つ打槍、ウコムの鉾の先端に、莫大なエネルギーが集中していました!
力が蓄積されていくと共に、空間が細かく振るえます。
オイゲンくん「これはキッツイぜ・・・俺も・・・アンタも!」
歯を食いしばり、重いきり踏ん張り、そして・・・

オイゲンくん「神雷!!」

強烈な閃光と轟音が、部屋中を埋め尽くし、飲み込みました。

轟音がやみ、光が消えていきます。
オイゲンくんは肩から息をしながら、前を見ていました。

オイゲンくん「マジ・・かよ・・・」

その声は、若干震えていました。

「なかなか効いたぞ、オイゲン。まさかこのような技を隠していたとは・・・」

男は、イフリートは変わらずそこに立っていました。
その鉄仮面は雷熱により黒く焦げ、羽は千切れ、彼の全身からは夥しい量の煙が立ち上っています。
それでもなお、イフリートは立っていました。
イフリートは余裕を残した声で、静かに言いました。
イフリート「だが、残念だったな・・・私は耐久力には自信があってね。どんな技でも一発で倒れる事はありえないんだよ。」
オイゲンくんへ、一歩づつ近づいてきます。
オイゲンくん「ぐっ・・・クソが!」
大きく捻りを加えた強烈な突きを繰り出します。
しかし、イフリートへの一撃は届くことなく強烈な平手打ちにより、弾き飛ばされてしまいます。
弾き飛ばされたウコムの鉾は、グルグルと回転し勢いよく壁に突き刺さりました。
オイゲン「ちぃっ・・・・・!」
武器を失い、うろたえるオイゲンくん。
イフリートが近づいてきます。
イフリート「これですべて終わりだ!」
足を炎に変え、目にも留まらぬ速さでオイゲンくんの目の前にまで飛び込みました。
イフリートはそのまま、ミルザくんを倒したときと同じように、掌に炎を集約させました。
オイゲンくん「・・・!」
硬直するオイゲンくん。
避ける暇はありませんでした。

ゴバァ!!

オイゲンくんも、ミルザくんと同じように吹き飛び、壁に激突し・・そしてうなだれ動かなくなりました。



途端に沈黙が訪れます。
イフリート「・・・・・・」
部屋の隅に倒れる、五人もの人間。
ただ一人だけ立っているイフリート。
イフリート「・・・終わった。」
イフリートはそのまま余韻に浸るように、目を瞑りました。

「せん・・・せい・・・・・・・・・・・せん・・・」

イフリート「!!?」
隙間風のように掠れた小さい声がどこからか聞こえます。
イフリートは声の元の方向に素早く向き直りました。
そこには、倒れたまま目を開けてこちらを向いているミルザくんだけがいました。

イフリート「・・・まだ生きていたのか。」
ミルザくんの頭の上から言います。
イフリート「残念だがお前達には死んでもらわなければいけないのだ・・さらばだ・・・」
大きく手を振りかぶります。
掌から、炎が燃え盛り漲ってゆきます。
そして、ミルザくんの頭めがけて勢いよく振り下ろします!

ミルザ「先生の・・・先生がこの騎士団寮にいた年月は・・どれくらいだか覚えていますか?」

イフリート先生「何?」
先生の手が止まります。
ミルザくん「テオドール先生に聞きました。あなたは少なくとも10年前にはこの騎士団寮にいた、と。
    ・・・10年。あなたはそのような長い年月、10年も火のルビーを狙っていたというのですか?」
それは小さな違和感でした。
不思議とイフリート自身も少しだけ違和感を覚えたのです。
ミルザくん「答えてください・・・先生・・・」
イフリートは少し悩んだ後言いました。
イフリート「・・・・・・そういう事だ。」
ミルザくん「・・・そんな・・・・・」
十年。
ミルザくん「そんなワケがない!・・・そんな長い年月を隔てての任務なんて・・・おかしい!おかしすぎる!
       ・・・先生はもしかしたら・・・やっぱり誰かに操られて・・・」
イフリート「黙れ!!」
ミルザ「・・・!」
イフリートは、徐々に自分の言っている事に自信をなくしはじめてきていました。
イフリート「・・・・・っ!」
頭痛が走ります。



・・・不思議だ。お前はなにか、こう、私の中の・・・私でさえも覗けない暗い部分を、すべて知っているようだ。
――そう。僕はアナタのすべてを知っています。アナタの知らない・・・アナタが覚えていないそんな部分でさえもすべて。
・・・知りたい。
――教えてあげますよ。そして、アナタのための席もひとつ用意しておいてあげます。
・・・席?
――幸運な事に空席が一つありましてね。・・・アナタにふさわしい、アナタにピッタリの席です。きっと、お気に召してくれると思いますよ。
・・・しかし私は、今の職をやめるわけは・・・
――やめる必要はありません。あなたは空いた時間に少しこちらに来てくれるだけでいいのです。
・・・だが。
――そこにはアナタのすべてがあります。
・・・私の、すべて。
――そう。アナタのすべてです。そして僕はそれがなんのか、それを教えるためだけに君を連れていこうとしている、それだけです・・・
・・・
――さぁ、知りたければ僕のこの手をとってください。とるもとらぬもアナタの自由。さぁ・・・どうします・・・?
・・・



――不思議だ。
――言われてみて、初めて意識した。
――私はいつから騎士団寮に・・・?そして私はどのぐらい騎士団寮に・・・
――私は・・・?
――・・・ッッ 



  ミルザ「先生はきっと誰かに操られて・・・」
――!
イフリート「黙れ!!!」
ミルザ「ぐあっ!」
イフリートはミルザくんを殴りつけました。
――何を考えているのだ、私は・・・。私は私しか知らぬが故に私の知る私こそが真実。・・・悩む必要などない、私は私を信じればいい、それだけの事だ!
イフリート先生「私はイフリート!将魔イフリート!!
         騎士団寮に潜入し火のルビーを手に入れんと企む”反逆者”イフリート!!
         それ以外の何者でもない!!
         もう何も考えずに死ね!!ミルザ!!!!」
今度こそ、イフリートはミルザくん目掛けて手を振り下ろしました!!
ミルザくん「せんせ・・・」



・・・・・・

・・・・・・



ミルザくん「やっぱり・・・そうだ。」
その声は確信づいていました。
ミルザくんの目線が、イフリートの震えたまま止まっている手から、顔へ移ります。
鉄仮面の下の光が、若干鈍くなります。
ミルザくん「先生は・・・僕を、生徒を・・・殺せない。
      急所に当たったはずなのに・・・僕は生きている。恐らくオイゲンも生きている。
      先生は、躊躇っているんだ!僕達を殺すのを・・・」
イフリート「ぐっ!」



――なんだコレは
――何だと言うのだ



”イフリート先生!それすごいですね!もう一回やって下さいよ!”
”せんせー。筋肉ってやっぱ大切なんですか?どれくらい?”
”先生、よくフラーマ先生にあんなに大胆なアタックができますね・・・先生のそんなところ、ちょっと尊敬するかも・・・”
”イッフリート!!イッフリート!!”



ミルザくん「先生は・・・僕達を殺す事は出来ない!なぜなら・・・
       いくら先生が演技をしていたとしても・・・先生と僕達が過ごしたあの日々は真実だから・・・」
イフリート「・・・何を・・・!!」


「あなたは・・・悲しい人です。」


イフリート「なっ・・・!?」
ミルザくん「えっ・・・この声・・・」
突如、ミルザくんの物でもイフリートの物でもない声が辺りに響き渡ったのです。
イフリート「・・・誰だ!?」
イフリートはすぐさま声のした方向に体ごと振り向きました。
入り口の方です。開いたドアの中に、一人の女の子が立っていました。
その女の子の姿を認めた瞬間に、ミルザくんは声を上げました。

ミルザくん「ワイルちゃん!!なんでここに・・・」

ワイルちゃん「・・・・・・」
イフリート「な・・・知り合いだと・・・?」
二人に向かってゆっくりと近づきながら、ワイルちゃんは言いました。
ワイルちゃん「イフリート先生?あなたからはまったく”殺気”が感じ取れません。
        邪悪なモンスターに相対したら、普通は近づくだけでも殺気と血の匂いがプンプンするもんなんですが・・・」
イフリート「どういうことだ。」
ワイルちゃん「先生・・・アナタ、正直いま辛くないですか?」
イフリート「何を・・・!」
ワイルちゃん「さっき来たばっかであんまアナタの事は理解しきれてませんけど・・・私には、アナタが少し無理しているように見えますよ。
        仕方なくやっているような・・・あまり乗り気ではないような・・・」
イフリート「何だ、お前は!出鱈目抜かしおって・・・」
ワイルちゃん「・・・まぁ、そんなことはどうでもいいんですけど。」
ワイルちゃんは既にイフリート先生の近くにまで達していました。
ワイルちゃん「・・・・私の友達を傷つけた事は許しませんよ。」
一瞬倒れているストライフちゃんとヘイトちゃんを見た後、見上げるようにしてイフリートを睨みつけます。
その目には、怯えの色は全くありません。

ミルザくん「ワイルちゃん!なんでここに・・・まさかきみも・・・ゆうか・・・」
ワイルちゃんの視線がミルザくんに移ります。
ワイルちゃん「・・・ミルザさん、話はこの人を倒してからです。今は口を開かないで、そこで黙って倒れていてください!」
ミルザくん「倒すって言っても・・・この人は僕の先生で・・・その・・・」
ワイルちゃん「大体は分かっているつもりですよ。だから安心していてくださいって!」
ミルザくん「・・・・・・」
ワイルちゃんは再びイフリートの方へ向き直りました。
イフリート「ふん、生意気な事を!お前一人で何が出来るというのだ!私はそこらの野良イフリートとは違うぞ!」
ワイルちゃん「・・・・・・!」

「一人じゃないぞ。」
「一人じゃないわよぅ。」

ワイルちゃん「えっ!」
イフリート「なぬっ!?」
二人とも同じ方向に振り向きます。
ヘイトちゃんとストライフちゃんが、ゆっくりと立ち上がろうとしていました。

ヘイトちゃん「ワイル、アンタ遅いわぁ、このノロマ!!・・・まぁ、いいけど!!★
        よう、筋肉マンくん。さっきはよくもやってくれたわねェい・・・
        あたし達は三人揃えばパワー50倍よォ!借りは返すわァァ!!☆★」
ストライフちゃん「・・・作戦はとりあえずはモンスター狩りに変更だな。覚悟しろ。」

ワイルちゃん「ストライフちゃん、ヘイトちゃん・・・!(へ、ヘイトちゃんにノ、ノロマって言われた・・・)」

イフリート「ぐっ・・・くそぉっ、邪魔者どもめっ!!」



【魔の島】

闇の中に、ただ二つだけ緑色の光点が存在します。
光は独り言のように呟いていました。

「揺れる・・・揺れる・・・揺れているねぇ・・・うふふ。
ほんとうに、君はいくつ偽りを作るつもりなんだい?・・・ふふ、まったくもって面白いよ、君は。」

光が少し狭まります。

「・・まぁ、そうもいってられないよね。もし『精神障壁』が解けてしまったら、君はもうこちらへ戻ってこなくなってしまうもの。
・・ふふ、君以外に『火のルビー』が相応しい奴はいないんだから。手放すわけにはいかないよねぇ。
最悪の事が起こる前に、連れ戻さないとねぇ・・・」

突然光が不気味に輝きだしました。

「彼らへの挨拶がてらに、たまには僕もあっちにいっちゃおうかな!?
うふふ、それがいいね。面白そうだ。うふふふ・・・
まっ、もちろん一人ではいかないけどね。怖いし・・・」

光が動き出します。

「ますます盛り上がってくるねぇ。ふふふ・・・予想するだけでもう今から楽しみだ!」


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